「オオグルマ」のお話

0

Posted by hanakyokai | Posted in 未分類 | Posted on 20-06-2017

三鷹市大沢にある水車「シングルマ」の管理人コーノです。

突然、浅間山が大爆発したのは天明3年(1783)7月の暑い季節です。
噴火、洪水、冷夏も重なり所謂、天明の大飢饉が始まりました。
農民は米や麦、粟、稗、大根、陸稲、芋等を作付けしたり、食べられる葉っぱで増量したりして食していましたが、飢饉で食べる物が無くなり、農民は勿論の事、多くの人が餓死しました。
武蔵野大学正面付近にある庚申塔でも飢饉の厳しさが分かります。西東京市教育委員会に依る解説板には、この庚申塔が天明4年の建立で、この辺りにあった上保谷新田に飢饉が及ばないように全村民が願って建てた庚申塔ではないか、とありました。

同年には現三鷹市の大沢村で7代目箕輪重次郎が村で最初の水車「オオグルマ」を作っています。
有料で精米、精麦をする水車ですが、肝心の穀物が無いのですから厳しい中でのスタートだったと思います。
「オオグルマ」は終戦後、その回転を止めましたが、大飢饉の中で始まったにも拘わらず160年も回り続けた事を考えると、箕輪重治郎「もって冥すべき」なのでしょうね。

(参考文献「箕輪家文書」三鷹市教育委員会刊)

Write a comment